こんにちは、ブログ運営者のマツキです。
現在はフリーランスとブログ、プログラミングを軸に穏やかに活動しています。
いろんな生き方を選べるようになってきた現代、今回は「医者になって後悔しないために」というテーマで書いてみました。
この記事にたどり着いたということは、臨床の道にやや後悔をしているか、もしくは、後悔したくない人なのかもしれません。
ですがまぁ、「過去の自分へ」という意味で読者は一応医学生を中心に想定してます。
向き不向きは確実にある
少し向き不向きについて。
これは確実にあると思います。
わりと早期に立ちはだかる壁をざっと挙げていってみます。主観も多いですが判断材料にどうぞ。
完全に体力ゲーです
医者は完全に体力ゲーです。
それは、知識・経験習得のためには様々な条件下での勤務の継続に耐えなければならず、長期スパンでの話になってくるからです。
様々な条件下っていうのは人事異動や、環境の変動、当直スケジュールの変動...etc
また、当直残業による睡眠不足など健康を害すイベントが業界の中で当然のように組み込まれています。
メジャー科などは王道とされているにも関わらず、基本的に夜間呼び出し・当直など健康を害すイベントが標準的に組み込まれているので、
ベースラインが割と異常よりな業界であることがわかります。
こうなると長期的な付き合いとしては厄介なのです。
体力的耐性次第で、
どんな経験をどれだけ積めるか
そもそもの診療科選択はどうするか
も変わってきますので、将来的な医者としての伸び幅・稼ぎにも大きく関わってきます。
体力が前提
頭を使うことも多い医者の仕事ですが
印象としては精神疲労というより、むしろ肉体疲労の割合が多めな印象です。
科によっては肉体疲労>>>>>>精神疲労 かもしれません。
瞬間的に頭を働かせることも多いのですが、移動したり手を使っていたり、
また疲弊している中で思考を巡らすことが多く、肉体行使している感が否めないです。
当直等については続けていくことによって慣れはするのかもしれませんが、心身共に疲労します。
運動部だったら大丈夫なわけではない
「君は運動部か?じゃあ体力があるだろ!大丈夫だな!(ガハハ)」みたいに言われた人もいるのではないでしょうか。
誤解されてると思うんですけど…スポーツとかの辛さの種類とまた違うと思うんですよね。
スポーツはコンディションを最高の状態に調整できますが、医者はコンディションが最低の状態で何かをしなければいけないことがままあります。
仕事なんで当然といえば当然なんですけど、
深夜に突然叩き起こされてスポーツをやるのとか話がまた違いますよね?
スポーツで結果出すことばかり考えてきた人は逆に辛いと感じる可能性があります。
かといって身体が弱い人はそもそもきつい
身も蓋もない話ばかりですいません。
かといって体がもともと弱い、ストレスによって不調を来しやすい人とかはそもそもきついです。
上でも書きましたが当直や不規則な生活に耐えられるかは完全に「生理的にいけるかどうか」の問題なので。
働いてみて自分の病気に気がつくこともある
夜勤とかの辛さを周りはわりと度外視できていたつもりなのですが、僕は働いてみてから睡眠障害もちなことを自覚しました。
- 平均9時間は寝るロングスリーパー
- そんだけ寝ても、昼に3.4回寝てる
- すぐ疲れる
「みんな眠くなったら寝るだろ」と思っていましたが、冷静に大事な試験とかでも寝そうになることが多々あって、これは普通ではないことを働いてから自覚しました。
運動部でしたがスポーツの疲れと眠気が重なって気づかなかったんですね。
まあこういう働いてから自分の身体のことに気づくパターンもあります。
カオスな臨床現場のストレスについていけるかどうか
他の仕事を幅広くやったわけではありませんが、臨床現場はまあ...普通にカオスなんじゃないでしょうか。
- 急変
- 謎の紹介状
- そもそも解読できない紹介状
- 急かし
- 責任・仕事のなすりつけ
- 止まらない不定愁訴
- からのスタッフの急かし
- 上下関係
- 縦社会
- 電話じゃなくてもいい内容がかかりまくるピッチ
- 紙作業
- 謎に怒られる研修医
- 謎に怒られている新人看護師さん
- 評価者自体がおかしいケース
- からの急かし
- 訴訟リスク…etc
ざっとカオスなことを挙げてみてもこんだけあります。
今日もTwitterで医療者の嘆きが平和に飛び交っていることでしょう。
彼らの嘆きがなくなることは永遠に来ないと思われます。
不測の事態との隣り合わせ
医者に「緊急」は付きものです。
「これに対してのストレス耐性をどうつけるか」ですが基本的にこれも慣れなんでしょうね。
個人的にですが、不測な事態はどんなに経験を積んでも備えていくことはできても、読むこと自体はできません。
当たり前の話ですが。
不測の事態は常について回る
- 「安定した平和な仕事をしたい。」
- 「自分なりの生活ルーチーンをジャマされるのが心底イヤ」
と望むのなら、緊急の多い職場を避けて・・・と考えるかもしれませんが
そういった不測の事態がない診療科って臨床医の中で意外と少なくないですか。
例え少なかったところにいったとしても、今度は逆に少ない確率の緊急に悩まされることになるかもしれません。
例外もありますが、結局心理的には緊急はついてまわります。
横槍のオンパレード・人間関係のカオスさ
そして、業務に関係ない人間関係・人事関係でも十分カオス、はっきり言ってクソ()です。
あらゆるところから横槍が飛んできますし、真摯に仕事やっている人がイライラしている人の憂さ晴らしに使われていたりします(これがわりと関わってキツいとこでしたね…)
医者になるまでの投資時間に耐えられるか
ちょっと前提の話になっちゃいますが、そもそも医学部6年っていう準備期間長すぎませんか
さらに専門医を取るまでは修行に近いぐらい長いものがあります。
全体で考えれば10年近くで物事を考えなきゃならないです。
大多数の医師の進む進路
入局→ドサ回り→大学院、留学→大学病院スタッフor関連病院、、、
どんだけ時間かかるんや😭— Drちるひろ@勤務医×マイクロ法人 (@taifunome_ch) November 18, 2021
投資時間に見合ったものが、その先で実現できるかなんて保証はありません。
そもそも10年単位でのキャリアパスを全医学生が自分で想定し、実現できるのでしょうか?
ここに関して「いや、まあいけるっしょ」と言えるスーパーポジティブな人は向いてそうです。
とはいえ、後悔しても遅し
ただ、自信を持ってキャリアを歩む人ばかりでもないでしょう。
何年もかけて悩みながら向かった末に奴隷のように使われたら、いくらスキルを磨くとはいえ一抹の不安を覚えます。
そんな時にかけられる言葉は「みんな通った道」「こんなもんだから」の一点張りです。
たぶんこの記事を見ている人の中には「いや実際...そんなもんだろ...」と思っているかもしれません。
ただそれをいつまでやるかという話。
それがいつまで続くかわからないし、スキルを得たら終わる保証なんてありません。
医師免許を取ってもし「自分医者にならなければよかった」と医者になってから最短で気がついても、20半ばです。
お金の価値が下がり、個人で生きやすくなってきた現代、そんな時に「いったいどれほどのことができただろう」と振り返ってしまうのは無理もありません。
なんといっても10~20代のうちの6年ですからね。
ダメージは計り知れないと思います。
というわけで医者に向く人とは
というわけで医者に向く人とは。
- 上記のようなストレスやカオスに耐性があり、受け入れられる人
- その中でブレずにやっていけるようなモチベーションや動機がある人
要するにドMだと思います。
医学部自主退学という手はないようでアリ
余談ですが学生の段階なら、自主退学という手段についてポジティブに触れてみます。
最近、医学部生で自主退学をしている報告をTwitter上でみかけますね
たぶん世間一般的には「何のために受験したの?」とか「めちゃくちゃもったいない」って言われるんじゃないでしょうか。
毒親の影響とかもあるので、ありだと思う。
ただ、早めに辞める人は情報を集め自分のことをよく見つめている人なんじゃないでしょうか。
このブログでたまに言ってるかもですが、医学部に入る人って、ホントに自発的に医者になろうと入ろうとしてる人ばかりじゃないんですよね。
わりと毒親から医学部入るように洗脳されて入ってる人、医学部至上主義で成績よかったから入った人。
そういう人もいますよね。
- 10年弱という時間的投資のリスクがでかすぎるという判断
- 「医者になってそんなにやりたいこともない」という本音
これらに早々に気づいたなら、取り戻せなくなる時間やモノが大きくなる前に辞めるのは一つの手です。
【医者向いてない人向け】医師免許について考える
ここまで医者に向いていない人にとって、悲観的な内容でした。
さて、医者に向いてはいないっぽいけど、キャリアを無駄にしたくない人もいるはず。
そんな人は医師免許を使ってできることを想像してみるのはいかがでしょうか。
医師免許は魔法の変換器
医師免許で他人に与えられることも意識してみると、見えてこなかったことに気がつくかもしれません。
個人的に医師免許は人の「困った」を助ける『魔法の変換器』な気もします。
この免許を通せば、自分の特技や持分が人の悩みを助けるために変換することができるからです。
もしあなたが、手が器用だったとしましょう。
あなたの手先が実はとても器用だったら。
医師免許がなかったら、あなたは「ただの手が器用な人」で終わります。
しかし、医師免許を通せば、手先を生かした診療行為ができます。
その器用さを生かして外科医になったのなら、あなたは「ただの手が器用な人」→「器用さを生かして人の命を助けることができる人」に変わることができます。
爆発的な進化です。
コミュニケーションが得意だったら
コミュニケーションがとても得意だったら。
患者さんは話が聞き上手なあなたのためによりちゃんと話をし、診断のための重要な情報を得ることができます。
上手く話を終わらせることもできるので、タイムマネジメントも上手に行うこともできるでしょう。
ということは多く患者さんを診ることにもつながります。
結果的に患者さんの満足度の高い診療を行うことに繋げることができるでしょうし、病院のためにもなります。
情報伝達のエラー(コミュニケーションエラー)による医療事故の発生予防にも活きるでしょう。
また、医療現場が殺伐としていたら、医療現場での「華」に自然になることができます。
何かに気がつく能力が高いのなら
「気付く能力」が高いなら、何にだって活かせます。
上司の外科手技を見て、自分の手技の改善のための方法に次々と気がつくことができます。
麻酔科であれば、手術中の患者さんの安全管理のための異常察知という形で、危険察知能力としてそのまま活かすことができます。
内科でも診断へのアプローチに活かすことができます。
画像診断や診察で、異常所見の検知に活かすことができます。
医師免許はあらゆる意味で人の役に立つ
医者は辛いところが多すぎて、保身的になりがちかもしれません。
が、「医師免許で何ができるかなー」とフラットな目線で考えると、また違った見方もできます。
本来ささいな技能が、社会にアウトプットできるものに化けていきます。
自分ができることを知った上で、報酬系を刺激してみる
自分が拡張できそうな能力を見つけたら、それを医者としての仕事でこなすことができたら自分は何を得られるだろうか?
と想像してみます。
たぶん、大きなものを得ることができるんじゃないですかね。
それには続けていくことが必要です。
ですが、その中で辛いことが多すぎる医者という仕事は、ネガティブな面ばかり見えやすい。
実際上でも書いた通り、あり得ないくらい意味わからないことも多いです。
ですが、それと一緒にご褒美をセットで考えることができるなら、やっていけるのかもしれないですね。
「報酬系を刺激できるひと、即ち、自分に日々ご褒美をうまくセットできる人」というのも「医者に向いている人」に+しておきます。
自分の能力の輪を探りつつ、うまくバランスを取ろう
自分の能力の輪や限界を探りつつ、うまくバランスを取りましょう。
僕の場合は、自分の限界や活動しやすい場を考慮して、フリーランスという属性を選んでみました。
上であげた向き不向きというのは能力の輪に関わります。
まあ、向き不向きというのは、自分を捨てれば関係なくなってしまうものなのかもですが。
ただ、ワークライフバランスが重視される近年では自分に異常な負荷をかけてまで荊の道を進むドMな人も多くないはずです。
自分を大切にすることが患者さんを大切にすることにもなると言えばそれまでですし。
過度な勤務は避けつつ、自分の適正を探りながら...が正直いうとベストです。
しかしまぁ...なかなかこの仕事は極端なことが多いのが難しいところですよね。
周りに流されず、自分の理想を見つけること。
いずれにせよ、自分の理想ややりたいことを早い段階で模索していった方がいいでしょう。
そうしないと、人生の方向性が定まっていかないからです。
焦る必要もありませんが、やりたいことを見つけるための行動は早く、そして、多い方がいいです。
淡々とずっと同じ行動を繰り返していては新しいものも見えてきませんし(コンフォートゾーン)、大学や同じ組織の中に閉じこもっているのでは見えてこないこともあるかもしれません。
刺激を受けるために、意識的に何か突出した人や場所に自分からいってみるという何か気がつくこともあるんじゃないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
この記事で新たな視点が得られたと思ってくれた人がいたらうれしいです。
ずっと医者であることに悩み続けるぐらいなら、今の時代転職もありでしょう。
↓↓↓医者と転職についてこちらにちょっと真面目に書きました↓↓↓
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本気でやれば、きっとどれも人のためになります(たぶん)
それではまたどこかの記事で会いましょう